国際課税勉強会16(租税条約による情報交換)

今日は今年最後の国際課税勉強会「一角塾」でした。今回は、日星租税協定と、日蘭租税条約に基づく情報交換の適法性が争われた異色の裁判例(東京地裁平成29年2月17日判決)についての研究発表がありました。

この事件は、日本のある裕福な夫婦(原告)への課税上、彼らのシンガポールとオランダにおける取引や財産について調査するため、日本の国税庁が、それら取引や財産情報を、当該二国の国税当局に対して提供要請したのに対し、原告がその情報提供要請の違法性を主張して訴えたものです。

日星租税協定26条、日蘭租税条約25条では、両締約国の国税当局は、課税上必要な情報を相互に交換することを定めています。この制度自体は、租税条約上の明確な規定なので、国税庁がそのような情報をこれら外国に提供要請する権限があることを否定することはできません。

原告は、この規定により交換された情報が、課税上の関連性のない情報であること、租税条約が禁じている国内入手不能情報の要求であること、国内での情報入手手段を尽くしていないことなどを主張して、その情報提供要請の内容が違法と主張しました。

しかし、この主張はやはり無理がありました。国税側としては、調査の過程で原告が文書情報の提供要請に非協力であったために、それらの情報を求めて海外の税務当局に要請したのであって、裁判所もそれを認め、その権限が租税条約に定められている以上、適法であると判断しました。

この結論自体は仕方ないと思います。しかし、この租税条約上の情報交換規定に基づく情報提供要請数はこれまで、海外から日本への要請より、日本から海外への要請がはるかに多いとのこと。これは、日本の国税当局が納税者本人から情報を得ることに失敗しているケースが多いということを示すのではないでしょうか。

一因としては、制度上、納税者は協力的に情報提供しても、加算税の軽減などの優遇を受けられず、協力インセンティブが働かないこと(国税通則法にはそのような規定がない)。また、調査の過程で納税者が情報提供要求を拒否しても、すぐに刑事罰が科されるわけではないことも考えられると思います。

日本の国税通則法上、任意調査を拒否しても、それに対し刑事罰は法定されているものの、制裁金などの行政罰は規定されていないわけです。協力インセンティブがなく、拒否しても行政罰がないことから、国税当局と納税者の対立構造を生みやすい環境ができてしまっているという推測です。

しかし、もっと根本的な視点からは、そのようなインセンティブや罰則規定に頼るのでなく、国税当局が納税者の立場を尊重し、丁寧かつ真摯な態度で説得・説明することにより、可能な限り信頼関係を築いて自発的な協力を促すという姿勢が最も必要と僕は考えています。

この事件のような紛争が今後増えることを防止するためにも、国税と納税者の対立構造を生じがちな法規定や行政のありかたを大きく見直し、国を挙げて協力的コンプライアンス方針を導入することがまず求められていると思います。

金山知明税理士事務所・国際税務コンサルティングオフィス

神戸に事務所登録をしている税理士、米国公認会計士、大学教員です。

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