本日、国際税務勉強会「一角塾」に出席しました。今回は村井正先生から、「合意を基底とする四層構造」というテーマでレクチャーを受け、ディスカッションしました。
四層構造というのはつまり、①当事者間の契約、②国内の租税法、③二国間租税条約、そして④BEPS防止措置実施条約で構成される国際租税法律関係をいいます。このうち④はごく近年加わった多国間条約のことで、この条約も二国間租税条約と同様に、相手国によって適用されたりされなかったりという違いが出るため、国際税務は益々複雑化しているといえそうです。
今日取り上げられた裁判例は、東京高裁平成26年10月29日のいわゆる「ローンスター事件」でした。この事件は、日本の匿名組合が、アイルランドの組合員に利益を分配した際に、源泉所得税がかかるかどうかが争われたものです。
匿名組合側は、日本アイルランド租税条約23条にて、日本の課税権は否定されているので源泉所得税を納付しなくてもよいと解釈したのに対し、課税庁は実質的にみて、これは租税条約を利用した租税回避スキームなので、そのようなスキームにまで租税条約の特典を与えることはできないとして、源泉所得税の課税処分をしました。これを不服として匿名組合側が争った事件です。
たしかに、このスキームでは、匿名組合から利益分配を受けたアイルランド組合員はそのほとんどをタックスヘイブンであるバミューダのグループ事業体に移転したため、結果としてアイルランドにおいてもバミューダにおいてもほとんど課税されておらず、日本が課税しなければ、税負担なしに事業収入が得られるに近い状態が起きるという巧妙な仕組みがとられていました。それを考えると、特典を与えるのは不合理だという課税庁の考え方も理解できます。
しかし、裁判所は、当時の租税条約では、このように目的が租税回避であったとしても、取引自体が仮装などでなく実質が備わっている限りは、租税条約の適用を否定する規定がないため、日本が源泉所得税をかけることはできないと判断したのでした。租税条約の文言(文理)を忠実に守り目的論的な適用を避ける判決でした。
明確な法規定なしに、課税をすることはできないという原則は当然ですが、国内税法に関する最高裁判決で出現し始めていた「濫用」の理屈で租税回避スキームを否認する考え方とは異なる姿勢です。やはり、租税条約の解釈というのは国内だけで片が付くものでなく、相手国の利害も絡んでくるので、裁判所としても条文の文言から離れた論理的解釈は採用しにくいという点があったのではないかと僕は考えています。
この点、事件当時はたしかに租税回避的スキームであっても租税条約の特典を否認する規定がなかったんですが、近年OECD主導で完成したBEPS防止措置実施条約において、租税回避目的に租税条約を利用することを制限する規定が加わり、これにより既存の租税条約が上書きされています。日本アイルランド租税条約も同様です。
二国間租税条約のうえに、さらにBEPS防止措置実施条約が加わったことで複雑化がさらに進んだとも言えるし、見方によっては多国間条約の成立により散らばっていた規定の集約も起きているともいえる状態です。いずれにしても相手国によって四層構造になっている分野があることを理解しておかなければ、正しい結論が得られないことについて、村井先生から講義がありました。しかし四層構造ともなると、もはや大部分の国際ビジネスマンにとって税法の正しい解釈をすることは不可能に近いのではないかと感じます。
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